てとやらま

2009年05月5日 A2W2 山中慎太郎 個展

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A2W 第3回
山中くんは、去年の夏テトラで個展をしていた鶴岡さんの知り合いで、
大分の祖父の家に帰るついでに福岡にも寄って、展示を見にきていた。そのときポートフォリオをもっていて、見せてもらっている。定期的に写真展を企画している尾中さんが騒いでいたのを覚えている。
そこから話は進み、2月に下見にきて、今回のACCORDING TO WHATシリーズで個展をすることになったのだった。
ちょうどそのころは、いろんなきっかけになればといつもポートフォリオを持ち歩いて、初めて会った人には自己紹介がてら、見せていたのだとは後日談。
タイミングだなー。出会いってすごい。


5日に企画の尾中さんと山中くんによるトークがあった。インターネット生中継は機材の関係でうまくいかなかったけれど、(声だけは中継できた模様)、見る事とイメージに焦点をあてた、有意義なトークになった。

下の文章で尾中さん書いているけれど、とくに薄煙りの写真はそうで、
見ていると、煙が幕をはって、遠近感がつかめない。手前なのか奥なのか。展示してあった森もそうだ。木々の葉の間から差し込んだ光が、一部だけをやけに明るく浮かびあがらせている。日のあたらない場所はもちろん夜のように暗い。はじめこの日のあたる場所は、少し遠いところにあるように見えた。しかし写真をよくよく見ると、足下の草むらと思った場所は枯れ葉が落ちる地面で、日のあたる場所はあちらにあるのかこちらにあるのか、分からなくなる。とたんにこちらの平衡感覚はおかしくなって、宙に浮いたような気分になった。

混乱する平衡感覚、どこかで見たような風景、逆光。曖昧なイメージは曖昧であるが故に、自分の中のたくさんのイメージと繋がって、懐かしさや共感を呼び起こす。

山中くんはこの展示期間中ほぼ毎日展示室にいて、観にきた人と話したり、テトラのメンバーと話したりしていて、なんだかんだで色々話しをすることができた。すごく誠実で、まっすぐな人だ。
この秋には東京ワンダーサイトでの個展も控えている。





写真展シリーズ『ACCORDING TO WHAT』では、「見ること」について思考するための足掛かりとして写真だけに焦点を絞り、そのような思考を促す写真を日々撮り続けている写真家を取り上げていく。

   “すなわち、わたしたちは何によって何かを見ているのか。”
   (That we see something according to what. )—岡田隆彦




「なにげない光景の、その薄明のさき」

平面作品を観たとき、そこに「奥行き」を感じるのは、対象の陰影や重なり(レイヤー)そして線遠近法があるからということを私たちは当然のように知っている。また、人工的な平行線も消失点もない風景を撮った(描いた)場合でも、遠くになるほど霞んでいく空気遠近法(Atmospheric Perspective)によって「奥行き」を感じているということも私たちは経験によってよくよく知っている。たとえば、山中慎太郎が見せてくれたポートフォリオのなかにも、山が幾つか重なっているアトモスフェリックな写真作品があって、もっとも濃く写し出されているのは一番手前の高速道路らしき高架や木々で、その後ろにのぞくなだらかな丘はそれよりも薄く、その後ろの小高い山はさらに薄く、画面のなかで最も大きく見える一番背後の山稜ともなると輪郭すらすっかり霞んでしまい黄みがかった灰色の空に向かって溶け出しているかのようにさえ見える。日が沈む間際のなにげない光景を写したこの作品をはじめて目にしたとき、その一見単調だがしかし繊細である色彩に美しさを感じながらも、「奥行き」という概念を図らずも意識してしまい、私にとってこの「山の写真」はイメージを捉える際の分水嶺となって、その後のポートフォリオの見方にも影響を与えることとなった。

「山の写真」を見る前、先行して目にしていた作品群のなかでも印象的だった写真のひとつに「煙」を撮った写真がある。それは煙によって背景の新興住宅らしき家並みと広場が霞んでしまっている作品で、はじめはそれを朝靄の写真だと思った私は、霞んだなかに立っていて性別すら判然としないほどぼやけて見える二人の人物のうちのひとりがなにかを燃やしているように見えたことと、画面左側にある大きな衝立てによって遮られた場所と手前の大きな盛り土のこちら側がさほど霞んでいない様子を鑑みて、それは靄ではなく煙だろうと思い直した。その後、美しさを感じながらも主題を見出せず煮え切らないという印象を残したまま次の写真へと目を移していったように思う。しかし「山の写真」を見た後、改めて写真を見返したときにはもう私の見方は変わっていた。やっぱりもしかしたら二人で水を撒いているのかもしれない、と思ったことは大したことではない。はじめ画面中央にいると云う理由から勝手に被写体と思い込んでいた二人の人物はその実「奥行き」を感じさせるための材料でしかなく、鑑賞者である私と「奥行き」を感じさせる材料としての人物との間に「ある」この薄いヴェールこそがこの写真の面白さの本質であると気付くことができた。対象を霞めてしまうものとしてではなく、それ自体対象となった靄や霧や煙などのちいさな粒子。なにげない「山の写真」が生み出した不可思議な作用。おそらく、彼のアトモスフェリックな写真イメージの特性と彼の手によるポートフォリオの構成・編集がこの分水嶺を生み出す起因であるに違いない。

しかし、なにもこのような見方が山中作品を鑑賞する際の唯一の見方だと云うつもりは毛頭ない。だが、山中作品の面白さは、この分水嶺を見つけるまでの道程にあり、分水嶺によって促されるイメージの流動にあると敢えて云ってみたい。その道程は山中によって至極センシティヴに作り込まれたものだが、あまりにも繊細なためになにげないものとして現われ、見るものによってはいかようにも変化し、その分水嶺もまた見るものによって異なり、分水嶺によって促されるイメージの流動も見るものによって違うように作用することだろう。

現在、彼は自らの撮影スタイルを「靄がかった写真」「逆光」「スナップショット」そして「ポートレート」と大きく四つにカテゴライズしているらしい。しかも展示の際には、おそらく彼のポートフォリオがそうだったようにカテゴライズされていたはずの作品は混在して展示されることになるだろう。そこで私たちは、自分だけの分水嶺となるイメージを見つけ出し、この現代の、なにげない光景の、その薄明のさきにあるなにかを微かにでも捉えてみたいと思うはずだ。

尾中俊介(A2Wシリーズ実行委員会)


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山中 慎太郎(Shintaro Yamanaka)

東京在住
1982 大分県生まれ東京育ち
2007 武蔵野美術大学映像学科卒業

個展
2008/04 Time waits for no one@MOTT gallery(曙橋)

主なグループ展
2008/06 トーキョーワンダーウォール2008入選作品展@東京都現代美術館(木場)
2008/06 TEMPTATION of RIQUID AGE part-2@MOTT gallery(曙橋)
2008/03 トーキョーワンダーシード入選作品展@トーキョーワンダーサイト
(渋谷)
2007/07 Connectivity@ギャラリーQ(銀座)
2007/06 トーキョーワンダーウォール2007入選作品展@東京都現代美術館(木場)
2007/02 Rlah_14 photographers@BankART_Studio NYK(横浜)
2006/08 第14回プリンツ21グランプリ入選作品展@銀座東和ギャラリー(銀座)
2006/02 RLah@目黒区美術館(目黒)

受賞歴
2008 トーキョーワンダーウォール2008公募 [入選]
2008 トキョーワンダーシード2008 [入選]
2007 トーキョーワンダーウォール2007公募 [入選]
2006 第14回プリンツ21グランプリ [入選]

http://ymsn.org/
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by tetoyarama | 2009-05-05 00:00 | tetra
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