てとやらま

2009年05月21日-25日 混浴温泉世界

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混浴温泉世界というフェスティバルの音楽イベントを手伝いにいく。とにかく遠い福岡で全然今迄手伝えてなかったのもあって、こここそはがっつり手伝おう!と、21から25まで滞在して、ガッツリ。
と思ったら本当にガッツリ手伝うことになってしまった。
音楽イベント、規模はけっこうでかい。大友良英さんやOOIOO、地元の山内桂さんが参加するのはもちろん、北海道からOKI DUB AINUBANDも来て、予算も結構かかっている。驚いたのはそのイベント進行のほぼ全てを2人のディレクターで進めている、ということだった。
出演者への依頼と交渉、ホテル、飛行機の手配、会計、アーティストのアテンド、ボランティアケア、音響会社との交渉ややりとり、などなど含め。そこに第三のメンバーのように入ってしまい、でも私には別府の地理とかあまり分からないし、何より共有している情報量が違いすぎて、手伝おうにも何ができるか分からない、みたいな不安もかかえつつ、でもやれることはやってきた。役にたてているとうれしい。
一緒に動いていた家入くんは大学を休学してBEPPU PROJECTを手伝っていて、かなり若いけどしっかりした子だった。音楽ディレクターの日名子さんは、BEPPU PROJECTの副理事でもあり、この人もかなりしっかりとした考えを持った人で、例えば車の中でする会話やごはんを食べている時にしていた会話の端々に誠実さとまじめさが見てとれるような人だった。話の中でうなずく事も多くあったし、すごく、地域と自分の役割を考えている人だなと思った。
DJでもあり、レーベルも持っている。今後何かと協力していければいいなと思っている。

e0143051_18264711.jpg21の大友さん入りから、25大友さん出まで。がっつり。
その間にいろいろなことがあって、いろんな人と仲良くなった。たった4日なのに。なんだかいろんなことが有りすぎて書ききれない。ライブを見に来た中崎透さんが、彼は去年の秋にここでレジデンスをしていたんだけど、あの頃中崎さんの展示を見にきた私は「ただのお客です」、っていう顔をしていたのに、今回あまりにもとけ込んでいるので驚いていた。
ライブはどれも良かった。
1日目のライブが場所が山の中腹の神社ということもあって、普段静かな場所であることと、近くにお年寄りがたくさん住んでいること、また会場の裏が山なので音が向こう側に抜けず、全部海側に流れるしかなくて、かつ高いマンションなどには跳ね返ってこだまのようになってしまって、かなりなクレームが入った。
けれどそれを受けての大友さんの判断の早さ(翌日はアコースティックにしよう)を見て、ああープロだなあと思った。あの現場にいられてよかったなと思う。

クレームを言ってくる人もいれば、そんなものを意にも返さず、「音が聴こえたから何かしらと思って。若い人が今いろいろやってるんでしょ?いいことねぇ。がんばってくださいね」と言って散歩に戻っていくおばさんや、お祭りかと思って来ちゃったよ と豪快に笑うおじさんなんかもいて、微笑ましかった。

ここに関わっていて、すごく不思議だったのは、若い人のモチベーションは何なんだろう、ということだった。別にがっつり関わっていても美術が好きとか音楽が好きだとかではない人のほうが多い気がする。日名子さんは音楽狂だけど。でもみんな、すごい、動いている。学生のボランティアも多い。この人たちもやはり人と関わることが好きなんだろうか。
それについて打ち上げにいく途中に(最後の最後の打ち上げだけやっと行く時間がもてた。というか、行ったらもちろん皆へべれけだったんだけど・・・でも皆そろっていた。あと水戸から久しぶりな方もきていた。)、別府の立ち上げメンバーの人と話をしていた。
その人は、本当に美術展などを見たり作家とかかわることが好きで、でも東京とか福岡しか大きいのが来ないときに、BEPPU PROJECTを立ち上げから関わって、「ああ、自分で呼べば、ここでもで素晴らしい作品や展覧会が見られるんだ」と思ったと言っていた。
そして、今の若い人は、美術がとくに好きっていう人は多くはないけど、彼らの多くは地域のことをすごく考えていると言っていた。そして別府という町は、そういう行動がしやすいし、空間的な空きも多くあるし、なにより住んでいる人の反応がいいから、やれるんだろうという話をしていた。

別府はご存知のように温泉地で、かつ港町でもあり、昔はいろいろな地方から人々が温泉にはいりに訪れていたし、炭坑が栄えていたころは、炭坑の労働者たちが、年に何度か慰安旅行で大勢で来ていて、炭坑の重役さんたちはやはり羽振りも良いので、相当お金がまわっていたらしい。温泉地と歓楽街。たくさんの観光客。そういう場所に住む人々は、外の人を恐れないし、変わることを恐れないんだと思う。そして年をとった人は昔の賑わいを知っている。前いった唐揚げ定食屋のおばさんも、若い人が何かをしているのを見ると、昔のにぎやかで夜も昼のようだったころを思い出して、またああいう活気が戻ってくるんじゃないかとわくわくすると言っていた。
何か行動をおこすことで、回りの反応がある。反応があるということは、結果も見えやすい。そして、協力的か、もしくは協力までいかなくても見守る人は多くある。そういう環境が、地域をまきこんだイベントをやりやすくしている。そして、動いたぶんだけ反応もあって、それがやりがいに繋がっているのかな。

イベントが終わってからやっと、展示をまわる時間ができた。展示だけのために、別府へ来るのは、正直もったいないと思う。別府を楽しみつくさないと。
作品が悪い弱いとかじゃなくて、場所が強すぎるし、作品は、どれも、ここでしかできないというようなものではない気がする。というか、別府という町が面白すぎるんだ!鉄輪も。
町を歩いているだけで満足、作品はそのきっかけにすぎない。というのは言い過ぎだろうか。
でも、BEPPU PROJECTの目的も、もともとはそういう所にある気がする。
別府という町に様々なものを呼び込むことで、色々な反応がおこり、町や人がかわっていくことに。
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by tetoyarama | 2009-05-25 00:00 | oyama
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