てとやらま

200905月30日 コミュニティアート映像祭

e0143051_15131642.jpgふたたび大分は別府へ。今月はよく行くな。
というのも「コミュニティ・アート映像祭」というのがあって、そこにアサダワタルさんと大木裕之さんがゲストできて、芹沢さんと喋るというのでそれが目的。
大木裕之さんは、以前in-betweenというグループで上映イベント「projection」というのをやったときに、来てもらった作家で、そのときに知り合ってから、何度かお会いしている。翌年の夏にクィア・フィルムフェスティバルで福岡に来たときも会ったし、去年10月に横浜に行ったときも、ちょうどZAIMで上映イベントをしていて、その作品にすごく、なんというか圧倒された。映像をリアルタイムで巻き戻し、早送りし、再生しながら、自分もそのプロジェクションされる映像の中にはいり、踊っていた。大木さんがリアルタイムに喋る言葉と、映像の中に入っている大木さんのつぶやきが全く同じ言葉で、この人は撮っている映像やそのときしゃべっている言葉すべて頭の中にあるんだろうかとびっくりした。そういえばこの人のドローイングはまるでイメージを言葉で繋いで自由にひろがっていくようなものだけど、それは思考の地図みたいなものでもあるなあと思う。
彼の映像は自分のみたものをそのままぶれぶれにとった、まさしく大木さん自身の視点なのだけど、それが繋がってひろがって、まるで自分自身の風景のようになっていく。どこかで見た風景。
そのときちょうどアラタニウラノで個展もしていて、もちろんそれも見にいっている。とても好きな作家の一人だ。

アサダさんは作品は見たことがないけど、築港ARCというウェブラジオをしていて、それはたまに聞いては、質問やまとめ方のうまさに、感嘆していた。

イベントは、様々なコミュニティでの活動を通して撮られた映像作品の上映だった。作家がつくったもの、ドキュメント、高校の放送部が学校新聞的にとったものなど様々で、興味深かった。

最後のトークでは、偶然「何かあってるぞ」と見にきていた地元のおじいさんがいろんな質問をしてくれて、そのおじいさんがすごくユーモアもあるけど頭が回るひとで、良い話が沢山出た。なぜ映像なのか、なぜコミュニティアートなのか、
各人の映像についての捉え方。映像を見ることと見せること。などなど。
すごく興味深かった。
あのおじいさんがいなければ、このトークはどうなっていたんだろう。
混浴温泉世界のボランティアスタッフで、このとき見にきていたヒグチさんも、「お前も何か質問しろよー」とおじいさんにむちゃ振りされたのにもかかわらず、こなれた司会ぶりを発揮。みかけはすごく柔らかいひとだけど、侮れないな・・・と思った(ら、彼は夜のタワーナイトでガンガンに踊りまくっていた。侮れない・・・)

この夜はタワーナイトというイベントがあっていて、それにも顔を出す。たくさんの人が(ほとんどはスタッフや参加アーティストだったけど)踊っていた。途中山中カメラさんによるパフォーマンスがあったり、椅子があるあたりで、わくわくアパートの参加作家がブースを出して作品を販売していたり。
途中から大木さんも来て、アサダさんもきて、楽しそうにしていた。
コミュニティって何だろうな。コミュニティが存在しないところなんてない。そしてそういうものに気軽に、ふらっと、自然に入っていける人たちを、何人か知っている。そういう人はとても穏やかで、でも厳しい自分を持っている人のように思った。でも、入っていけるっていうことは、出てもいけるということで、根付かないものなのかもしれないな。風みたいだ、と思うのは昨日ファンタジーものの小説を読んだからだろう。いかんいかん。

諸事情によりデータが壊れて写真が飛んだので。
冒頭の写真はプロジェクションのときの、直前迄編集をしていたの図。
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by tetoyarama | 2009-05-30 00:00 | oyama
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